アパレル会社の次に就職した先が、急成長していた佐川急便。
ここでもがむしゃらに働き、
年収も1000万円を超えるまでになりました。
結婚し公私共に充実、まさに順風満帆でした。
そんな時、ある光景を目にし、雷に打たれたような衝撃を覚えました。
センブンイレブンジャパンが福岡進出!というニュースを聞き、
第一号店のオープンを見に行った時のことです。
1店舗をたった5人の正社員で動かす様子を見て、
「必要な物を必要な時に必要なだけ供給する時代がきっと来る」
と予見しました。
このjust in timeの供給に可能性を感じ、
「ニーズを満たせば必ず成功する」という自信があった。
この頃から私は独立を夢見る事となります。
しかし、子どもも生まれたばかりという時に
安定した生活を捨て、独立の夢を追うことは無謀な賭けに等しい。
妻も心の中では佐川に残ってほしいと願っている。
その気持ちが痛いほど分かるだけに、自問自答する日々が続き、
眠れぬ夜をいく晩も過ごしました。
しかし、独立への思いは薄れるどころか、日に日に強まる。
どうせやるなら、人が出来ない事をやる。
「県内に3便体制で供給できる運送会社をつくろう」と腹をくくりました。
昭和58年10月、友人と共同経営という形で
シティー即配便(後のシティーライン)を立ち上げました。
あの不安はどこへやら、行動すればキチンと結果が出てくる。
軽自動車で動くから、"安くて速い"。需要に応じて
just in timeで供給したので、滑り出しから好調でした。
それまで大手業者もできなかった県内どこでも3時間以内の配達を、
産声を上げたばかりのシティーラインがやってのけ、
あっという間に車の保有台数が120台になりました。 |